当サイトを使用することにより、クッキーの設定および使用に同意したことになります。 詳細については、プライバシーポリシーを参照してください。
いわてを知る
特集・モデルコース
アクセス
観光ガイド
教育旅行
賛助会員
観光素材 / 情報
協会について
奥州市
県南エリア
前九年の役において厨川柵で源頼義に敗れ惨殺された従五位下藤原経清(清衡の父)とその一族一党の霊を弔うために造られた墓所と伝えられています。
後藤伯記念公民館
日本で初めての「公民館」として知られている。 昭和16年(1941)11月に建設され寄贈されたもの。寄贈者は後藤新平と親交があった当時の読売新聞社社長正力松太郎であって、新平の13回忌にあたって、個人に対する旧恩感謝の意をこめて贈られたもの。 その後、水沢市公民館として利用され、平成13年10月から「水沢市後藤伯記念公民館」となっている。
益沢院跡
藤原清衡が紺紙金銀字交書一切経5300巻余を8年がかりで写経させましたが、その写経所が益沢院であり、岩谷堂・増沢地内にあったと考えられています。 江刺市営バス梁川、学間沢行き又は岩手県交通重王堂行き増沢バス停までJR東北新幹線水沢江刺駅下車から岩手県交通えさし藤原の郷行き江刺バスセンターバス停下車で乗換
一首坂
前九年の役の激戦のさなかに、八幡太郎義家(源義家)が「衣の舘はほころびにけり」との歌に安倍貞任が「年を経し糸の乱れの苦しさに」と歌を返した。義家はこれに感じて敢て追わなかった。 この故事からこの坂を一首坂と伝えられる。