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遠野市
県南エリア
源頼朝が奥州藤原氏を滅ぼしたとき、阿曽沼四郎広網がその軍功により遠野十二郷を拝領しました。14代400年に及ぶ阿曽沼氏遠野郷支配の歴史を刻む碑です。
飢饉の碑
宝暦5年(1755年)遠野領最大の大凶作で餓死した人々の供養塔です。宮代という所の道端にある小さな碑です。遠野の厳しい土地を乗り越えてきた人々の苦難が刻まれています。
カッパ淵
常堅寺の裏にあるカッパ淵は、澄んだ水が流れ、うっそうとした茂みに覆われ、今にもカッパが現れそうです。淵の岸辺には、カッパ神を祀った小さな祠があり、子持ちの女性がお乳が出るようにと願をかけると願いがかなうといわれています。願掛けには、赤い布で乳の形を作り、この祠に収めるのが習わしとされています。
鍋倉公園
天正中年に阿曽沼広郷が松崎町光興寺から移し、はじめ横田城と呼んでいましたが、後に鍋倉城と称しました。寛永4年に、南部直栄が八戸から入部し、鍋倉城を本拠に250年の統治が行われましたが、明治2年に鍋倉城は廃城となりました。現在は、三の丸跡に天守閣を模した展望台があり市内を見わたせ、桜の時期にはソメイヨシノやヤマザクラが咲きほこります。