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遠野市
県南エリア
源頼朝が奥州藤原氏を滅ぼしたとき、阿曽沼四郎広網がその軍功により遠野十二郷を拝領しました。14代400年に及ぶ阿曽沼氏遠野郷支配の歴史を刻む碑です。
五百羅漢
宝暦5年、洪水に加えて南部藩四大飢饉に数えられる大凶作により、藩全体で餓死・病死6万余人が出、翌年もその影響で遠野領内だけでも餓死者が2千5百人にのぼったとされ、以後も不作や凶作が続いた。天明3年、大慈寺十九代義山和尚が、たび重なる凶作による餓死者を鎮魂するため、大小五百の自然石に阿羅漢像を彫りました。
鞍迫観音堂(県指定有形文化財)
寛文10年(1670)の建築。宝形造、3間四方で柱間270cmの大堂。支柱は全て土台まで丸柱で、太い柱に舟肘木を用い、垂木も太く、軒下回りにも一切の装飾を加えず、扉以外は全て分厚く幅広のはめ込み板壁とするなど、簡素にして剛直・明快な中世仏堂建築の様式を色濃く残しており、岩手県における代表的な江戸前期仏堂建築の一つである。また、近くには百数十枚の南部小絵馬などを保存する収蔵庫がある。
太郎カッパ
この岸に洗濯や水仕事などで近寄ると水面から顔を出し、腰のあたりをのぞきこむ色好みのカッパがいました。