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盛岡市
県央エリア
宮沢賢治が大正6年より盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)在学中に、弟清六や従兄と大沢川原一丁目の玉井家に下宿していた当時使用していた共同井戸。現在も自由に利用できる。
宮沢賢治歌碑(旧県立図書館広場)
宮沢賢治の詩碑「岩手公園」は、中津川の近く、盛岡城跡公園(岩手公園)の中に「川と銀行木のみどりまちはしづかにたそがるゝ」・・・という詩そのものの情景の中に建っています。「かなた」と老いし、タピング氏は、杖をはるかにゆびさせど・・・と始まるこの詩は、賢治の死の1ヶ月前、昭和8年8月につくられた文語詩です。タピングは、布教のかたわら盛岡中学校で英語を教え、また夫人は盛岡幼稚園の創立者です。
盛岡市保護庭園「一ノ倉邸」
「一ノ倉邸」は盛岡市自然環境及び歴史的環境保全条例に基づき、昭和49年に保護庭園に指定されました。この庭園と建物は明治後期に盛岡出身の政治家 阿部浩(貴族院議員、東京府知事)により造られた由緒と歴史のあるものです。その後一ノ倉氏に譲渡され平成4年に盛岡市が取得したもので、今もなお往時の面影をしのばせてくれます。 また、奥州藤原氏に縁の深い安倍舘に建つ一ノ倉邸には中尊寺ハスが株分けされており、7月下旬~8月上旬に美しいハスが楽しめます。
新渡戸稲造
盛岡市出身の農学・法学博士で思想家、国際人。国際連盟事務次長などを務め、各国の政治家、思想家、学者らと交流を重ねて、「われ太平洋の橋とならん」という自己の理念に基き、諸外国の日本理解のために努力した。日本人の思想に関する英論文『BUSIDO-THE SOUL OF JAPAN』はその代表作であり、日本文化の紹介書として各国語に翻訳されている。 盛岡市先人記念館に新渡戸稲造記念室があり、ゆかりの品が展示されている。