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平泉町
県南エリア
初代清衡が造営を行い、三代秀衡が再整備を行ったとされる柳之御所遺跡は平泉館(政庁)に該当する可能性が高いと評価されています。
達谷窟毘沙門堂
清衡が平泉に居を構える以前にも、すでにいくつかの寺院が平泉とその周辺に建立されていました。その一つが西光寺です。寺法によれば、坂上田村麻呂が蝦夷(えぞ)平定の際、毘沙門天(びしゃもんてん)の加護を謝して京の清水寺を模して毘沙門堂を建立、鞍馬寺にならって108体の多門天を奉ったのが始まりとされています。蝦夷と田村麻呂に係わる事情は、多くの物語、伝承となり、西光寺の寺伝にも色を添えています。毘沙門堂は2回にわたって焼失し、現在のものは昭和36年に再建されました。
平泉【世界遺産】
2011年6月29日、「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺産群―」としてユネスコ世界文化遺産に登録されました。 平安末期の百年間に、都の文化を受容しながら独自に発展させた仏教寺院、浄土庭園など、華麗な黄金文化遺産群です。 「中尊寺」「毛越寺」「観自在王院跡」「無量光院跡」「金鶏山」の5つの資産が登録され、文化遺産としては東北で初の世界遺産登録となりました。
無量光院跡【世界遺産】
三代秀衡が造営した無量光院(むりょうこういん)は宇治平等院(うじびょうどういん)の鳳凰堂(ほうおうどう)を模しています。その居館である伽羅(がらん)の御所に隣接した秀衡寺院でした。その遺跡のほとんどは水田化していますが、現在でも池跡(いけあと)・中島(なかじま)・堂礎(どうそ)が残っています。昭和27年の発掘調査の結果によると、東西に走る伽藍の軸線が東門・橋・中島・橋堂を貫いて、その先に金鶏山(きんけいざん)が望まれるという、壮大な寺院であったことが知られています。