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盛岡市
県央エリア
宮沢賢治が大正6年より盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)在学中に、弟清六や従兄と大沢川原一丁目の玉井家に下宿していた当時使用していた共同井戸。現在も自由に利用できる。
「小天地」発行の地
石川啄木が、妻の節子と結婚後に3週間暮らした新婚の家(盛岡市中央通3丁目)を離れて、移り住んだのが盛岡市加賀野磧町。ここでの生活は明治38年7月から翌年3月に代用教員として渋民に帰るまでの9ヵ月間続き、啄木の生涯にとっては記念すべき日々でした。文芸誌「小天地」を発行したのもここで、当時の想いは長詩「江畔雑誌」のはしがきに述べられています。
松本竣介
東京渋谷区生まれ。幼児の頃に花巻にへ、10歳のときに盛岡へ移り住み、17歳まで岩手県で過ごす。モジリアニに傾倒していた。昭和10年『建物』が二科展で初入選、昭和15年には『都会』が特別賞を受賞。戦時中に発表の場が失われる中でも展示会を積極的に開いていたが、衰弱した体で終戦を迎え、”色と線の画家”は36歳の若さで死去した。
旧石井県令邸
現在の県知事にあたる第二代石井省一郎県令の私邸の洋館として明治18~19年に建設されました。盛岡で最も古い本格的な煉瓦造の洋館で、昭和52年に盛岡市歴史的建造物に指定されました。