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盛岡市
県央エリア
城下町の形成当時、中心部と河南地区とを結ぶ重要な橋でした。擬宝珠は昔、上の橋と与の字橋に使われていたものを補修して付けたものです。
櫻山神社
創建は1749年。社殿が盛岡城三の丸跡にあり、南部藩の総鎮守として信仰された。大正15年(1926)、南部利淳から櫻山神社に寄進された南北朝時代初期の国長作の刀が所蔵されており、これは国の重要文化財に指定されている。例大祭は5月25~27日に開催され武者行列や伝統芸能の奉納などが行われる。
十六羅漢
南部藩時代に起こった飢饉の犠牲者を供養するために建立された宗龍寺境内跡に残る21体の石像。1837年に着手し、13年目の1849年に完成した。岩を切り出した隣の矢巾町からこの地まで運搬だけでも半年あまりかかった。また、彫り上げたのは藩のご用職人たちで、地元の石工が作り上げた石像は全国でも珍しい。
鈴木舎定
盛岡市出身の自由民権運動家。上京しキリスト教学校に学ぶが、板垣退助らの自由民権運動に共鳴し運動家になり、岩手における中心的な存在である「求我社」の勧誘を受けて帰郷。『盛岡新誌』を発刊し、人々へ自由民権運動への参加を呼びかけた。「求我社」と「協同社」を併合して自由党直結の政治結社として、明治16年に自由党最高幹部である常議員となったが、明治17年、盲腸炎のため志半ばに急逝した。