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遠野市
県南エリア
遠野郷を統治した阿曽沼家の居城。高清水山のふもとの丘陵地が一望できます。
鍋倉公園
天正中年に阿曽沼広郷が松崎町光興寺から移し、はじめ横田城と呼んでいましたが、後に鍋倉城と称しました。寛永4年に、南部直栄が八戸から入部し、鍋倉城を本拠に250年の統治が行われましたが、明治2年に鍋倉城は廃城となりました。現在は、三の丸跡に天守閣を模した展望台があり市内を見わたせ、桜の時期にはソメイヨシノやヤマザクラが咲きほこります。
五百羅漢
宝暦5年、洪水に加えて南部藩四大飢饉に数えられる大凶作により、藩全体で餓死・病死6万余人が出、翌年もその影響で遠野領内だけでも餓死者が2千5百人にのぼったとされ、以後も不作や凶作が続いた。天明3年、大慈寺十九代義山和尚が、たび重なる凶作による餓死者を鎮魂するため、大小五百の自然石に阿羅漢像を彫りました。
行山流湧水鹿踊(市指定無形民俗文化財)
鹿角のついた頭と背負った長いササラが印象的で、宮城県では、8頭1組を基本としているので「八ッ鹿おどり」ともいう。その由来や伝播経路などは様々な伝承があり、行山流、金津流、春日流などに分かれる。湧水では、奥州市江刺地区の久田鹿踊の流れをくむ行山流を称している。伝承によれば、鹿踊が白石・湧水地区で始まったのは慶応2年(1866)であったという。 ※駒形神社等、近隣の神社の祭礼や芸能大会など、依頼により随時公演