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協会について
高野長英
奥州市水沢区出身の医者であり、蘭学者・啓蒙思想家。鎖国時代に日本の夜明けを説き、幕府より弾圧された。
奥州市
県南エリア
田中館愛橘
二戸出身の理学博士・東京大学教授。測地、地震、磁気学の創始者であり、ローマ字・メートル法の先駆者でもある。明治34年に木村栄とともに「Z項」を発見し、測地、地震、磁気学の分野で国際的に広く知られるようになり、国際学術会議へ56回出席している。岩手県民として初めての文化勲章を受章した人物であり、各国からも数々の功労賞が贈られている。
二戸市
県北エリア
常磐津林中
明治期に活躍した邦楽家。本名は山蔭忠助。家元豊後大椽の直弟子。初代松尾太夫を継ぎ、その後六世小文字太夫を襲名した。父祖の地盛岡で4年間暮らした後、明治28年に帰京し『関の扉』の舞台でタテ地方を務め、常盤津初世太夫の名を高めた。
盛岡市
県央エリア
岩手県営体育館
球技や武道、プロレス興行の会場として利用されています。
長沼守敬
一関市出身の彫刻家。イタリアのベネチア王室美術学校で正統的な洋風彫塑技法を学び、明治20年帰国し東京美術学校(現東京芸術大学美術学部)創立事務所などで働いた。明治31年に同校に塑造科を創立、初代教授となる。高村光太郎は教え子の一人である。代表作の『老夫』は1900年のパリ万国博覧会で金賞牌を受賞。
一関市
新渡戸稲造
盛岡市出身の農学・法学博士で思想家、国際人。国際連盟事務次長などを務め、各国の政治家、思想家、学者らと交流を重ねて、「われ太平洋の橋とならん」という自己の理念に基き、諸外国の日本理解のために努力した。日本人の思想に関する英論文『BUSIDO-THE SOUL OF JAPAN』はその代表作であり、日本文化の紹介書として各国語に翻訳されている。 盛岡市先人記念館に新渡戸稲造記念室があり、ゆかりの品が展示されている。
野村胡堂
紫波町出身の小説家・音楽評論家。本名は野村長一(おさかず)。東京帝国大学法科退学後、報知新聞社に入社。定年まで新聞記者として勤めながら作家としても活躍。SPレコード、浮世絵、武鑑の収集家としても有名。「あらえびす」というペンネームで音楽評論を多数執筆。昭和38年、私財1億円で『野村学芸財団』を設立し、育英資金や研究助成に寄与した。代表作に小説『銭形平次捕物控』。
紫波町
肴町商店街
市内中心部の東側にある、盛岡唯一の全天蓋式アーケードのある商店街。多種多様な商店が軒を並べ、雨も風も雪も気にせずに買い物が楽しめます。
旧石井県令邸
現在の県知事にあたる第二代石井省一郎県令の私邸の洋館として明治18~19年に建設されました。盛岡で最も古い本格的な煉瓦造の洋館で、昭和52年に盛岡市歴史的建造物に指定されました。
重湍渓
猿ヶ石川上流にある渓谷。巨大な花崗岩が階段状に侵食され畳を何枚も敷いたように対岸近くまで連なっている間を、清らかな水が滝を作って流れており、紅葉の名所として知られています。
遠野市
葛根田渓谷
岩手山南麓を流れる葛根田川の上流部にあり、玄武洞から滝ノ上温泉まで約10kmの渓谷。ブナの原生林をはじめ、多様な広葉樹が広がり、新緑や紅葉が特に美しい。渓谷の奥には、「鳥越の滝」があり、岩肌から深緑の滝壺に落ちる約30mの滝はみごと。紅葉の時期には、多くの人でにぎわいます。
雫石町
橋本八百二
紫波町出身の画家。東京美術大学西洋画科を卒業。昭和5年の帝展に300号の大作『交代時間』を出品・特選となり、以後も連続して特選や推薦に選ばれ続けた。戦後は政界入りして県議会議長を務めた。昭和34年に議員生活を終え、画家としてヨーロッパへ渡り、帰国後に展覧会を開催。昭和50年に盛岡市岩山に自身や友人の作品、バルビゾン派の作品、民芸品など、数々作品を展示した橋本美術館を創設した。(美術館は平成13年閉館している。)