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寺町通り
南部鉄器の街路灯や石畳風の歩道、寺院の塀が続く通りは、昭和62年「日本の道百選」に選ばれた。五百羅漢で知られる報恩寺、岩手の地名伝説にもなっている三ツ石神社などはこの近く。
盛岡市
県央エリア
志和稲荷神社と志和古稲荷神社
志和稲荷神社は、五穀豊穣、大漁、交通安全の守り神として多くの参拝者が訪れます。境内には、樹齢1,000年といわれる杉の古木があり信仰を集めています。また隣接の志和古稲荷神社は、アイオン台風で倒れた神木からキツネのミイラが発見され話題となりました。
紫波町
宮古港海戦記念碑
宮古海戦は、明治維新の最中に宮古港で起こった幕軍と官軍の戦いです。官軍は五稜郭を攻撃するために北上し、その情報を知った幕軍は宮古港で待ち伏せする作戦をとりましたが、官軍の軍艦8隻に対して幕軍は「回天」1隻のみで、激戦の末に敗れました。この「回天」に新撰組の土方歳三、官軍の「春日」に東郷平八郎が乗っていました。臼木山には「宮古湾海戦解説碑」があります。
宮古市
沿岸エリア
小久慈焼陶芸苑
約200年の歴史をもつ小久慈焼は、地元の粘土を用いた釉薬は独特の渋みと素朴さが魅力。今でも昔の技法を引き継いでロクロを使いひとつひとつ手作りで仕上げています。また、陶芸教室も開かれており、自分だけのオリジナルカップなどを作ることができます。
久慈市
県北エリア
横山八幡宮
白鳳9(681)年の創建とされる大変古く歴史のある神社です。源義経主従が参詣に訪れ、宿泊したと言われています。随行の家臣、鈴木三郎重家はかなりの老齢であったため、横山八幡宮に残留し名前を重三郎と変え、この八幡宮の神主となったと伝わっています。
徳丹城跡
平安時代初期(813年ころ)に征夷将軍 文室綿麻呂により築城された古代城柵。1辺が約350mの方形の外郭により区画され、蝦夷平定や志波地方の統事等を目的にとして建てられたもので、国指定史跡となっている。史跡公園として整備され、公園内にある民俗資料館では、徳丹城跡から発掘された遺物をみることができる。
矢巾町
本照寺
「どうなるものか、この天地の動きが、もう人間の個々の振る舞いなどは、秋風の中の一片の木の葉でしかない。なるようなってしまえ。武蔵は、そう思った。」この書き出しで始まる吉川英治の「宮本武蔵」は、昭和10年に本照寺にて、第一稿が執筆されました。東北自動車道盛岡南から目的地まで県道を経て国道106号で宮古へ宮古→本照寺(市立愛宕小学校近く)車で10分
ポランの広場(南斜・日時計花壇)
宮沢賢治が羅須地人協会時代の教え子の依頼で花巻温泉遊園地のために設計したが、経済的、技術的条件で実現できなかったものを当時の設計書と手紙をもとに再現したもの。南斜花壇は南域の唐草模様を取り入れ、蔓草の茎を園路に果実を小円形花壇に見たて、相対象にデザインされている。また、日時計花壇は、文字盤の数字を花で描いた日時計を主にした異国風の模様花壇である。
花巻市
県南エリア
宮沢賢治歌碑(浄土ヶ浜)
大正6年7月、花巻町東海岸視察団に加わり、三陸汽船で来宮、浄土ヶ浜を訪れ、「うるはしの海のビロード昆布らは寂光のはまに敷かれひかりぬ」と詠んだ。平成8年10月賢治生誕百年を記念し、浄土ヶ浜レストハウス前に建立。
延年の舞
毎年正月20日の摩多羅神の祭礼(二十日夜祭)に常行三味供の大法要に続いて神仏に奉納されるもので、これは楽舞をもってする一種の祈祷であり、同時に一山の守護神に対する讃仰をも目的としている。延年とは齢を延べる、つまり長生きをするという意味で、転じて諸大寺で法会のあとに僧侶らによって演じられる遊宴歌舞の総称として用いられるようになり、平安時代から室町時代にかけて盛んに行われた。毛越寺の延年の舞は、平安時代の優雅な雰囲気と古い形式を伝えていることから、国の重要文化財に指定されている。二十日夜祭のほか、春・秋の藤原まつり、あやめ祭り、萩まつりにも一部公開されている。開催日 1月20日、5月5日、11月3日
平泉町
大平公園
釜石大観音の近くにある公園で、展望台には、戦時中に中国から強制連行され死亡した中国人の霊を慰め、日中友好を誓う「日本中国永遠和平の像」があります。
釜石市
ハイペ・コイコロベ白亜紀化石産地
昭和41年岩手県指定天然記念物に指定されているハイペ、コイコロベの白亜紀化石産地はアンモナイトや三角貝、サンゴ類など示準化石としても重要なものが多く含まれています。島越港発着の北山崎めぐり観光船から眺めることができます。
田野畑村