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国指定史跡 胆沢城跡
延暦21年(802)坂上田村麻呂が造営した胆沢城は、一辺が675メートルにも及ぶ築地土塀で囲まれた正方形の城柵で、城内には政庁をはじめ多くの役所が設けられていました。 国の史跡に指定され、発掘調査が進むにつれ、木簡や文字が記された土器のほか具注歴や城に勤務した兵士について記された漆紙文書など貴重な資料が発見されています。
奥州市
県南エリア
後藤新平旧宅
江戸中期の武家住宅で県指定有形文化財となっている。 屋根は寄棟、茅葺きで江戸中期頃の下級武士の住宅の姿を今に残している。 留守家の奥小姓であった後藤新平の旧宅であり、現在の間取りは新平が晩年になって改修したものとなっている。
後藤伯記念公民館
日本で初めての「公民館」として知られている。 昭和16年(1941)11月に建設され寄贈されたもの。寄贈者は後藤新平と親交があった当時の読売新聞社社長正力松太郎であって、新平の13回忌にあたって、個人に対する旧恩感謝の意をこめて贈られたもの。 その後、水沢市公民館として利用され、平成13年10月から「水沢市後藤伯記念公民館」となっている。
行山流湧水鹿踊(市指定無形民俗文化財)
鹿角のついた頭と背負った長いササラが印象的で、宮城県では、8頭1組を基本としているので「八ッ鹿おどり」ともいう。その由来や伝播経路などは様々な伝承があり、行山流、金津流、春日流などに分かれる。湧水では、奥州市江刺地区の久田鹿踊の流れをくむ行山流を称している。伝承によれば、鹿踊が白石・湧水地区で始まったのは慶応2年(1866)であったという。 ※駒形神社等、近隣の神社の祭礼や芸能大会など、依頼により随時公演
遠野市
北舘桜
安倍一族の居館・北舘の会った場所に1300年頃、南蘇坊(なんそぼう)という行脚僧が植えたと伝えらているエドヒガン桜推定樹齢700年、根本周り7m20cm、樹高19m、奥州市の天然記念物に指定されている。 【見頃の時期】4月中旬~4月下旬
奥州市武家住宅資料館
江戸末期の内田家旧宅、後藤新平旧宅の武家屋敷と武家住宅資料センターの施設があり、センターでは、城下町水沢をテーマに、江戸時代の水沢城の町並みと現在を一目で見られる地図をはじめ、鎧や火縄銃、槍などの武具や武器のほか帳場格子や算盤などの資料を展示しています。 市内観光の起点となる施設で無料休憩所となっております。
武家住宅
水沢は近世、留守氏1万6千石の城下町であり、今も当時の面影を偲ばせる町並みが残る。 水沢城は臥牛城とも呼ばれた平城でしたが、周囲に武家屋敷を配置し、鍵型の道路や戦には守りの要となる枡形など仙台藩の北辺防御の要所となる地でした。 今でも城跡の姥杉、武家屋敷やひば垣の通り、商家の蔵などが残っております。
日高神社
平安初期の弘仁元年(710)の創建で、正長元年(1428)の再建と伝えられている。境内には八幡太郎義家が安倍貞任を討った太刀を洗ったとされる「太刀洗川の碑」があります。本殿は国の重要文化財に指定されています。また、「日高火防祭」の神社としても知られています。
後藤新平記念館
大風呂敷の異名をとる後藤新平(1857~1929)のメモリアルホール。東京市長、内務大臣、鉄道院総裁などを歴任した先見の政治家。館内には新平の幼少時代から晩年に至るまでの縁の品が数多く展示されています。記念館の隣には新平の十三回忌に記念して贈られた日本で最初の「公民館」である後藤伯記念公民館があります。
斎藤實記念館
2・26事件の凶弾に倒れた斎藤實(1858~1936)のメモリアルホール。斎藤實の旧宅の敷地に建てられた記念館。旧宅も保存されており当時の生活の様子が一般に公開されています。館内には實の業績を示す勲章や礼装品などが展示されています。なかでも2・26事件の際、銃弾を受けひび割れた鏡が激動の時代を生々しく物語っています。
後藤寿庵苑
水沢の南に位置する福原にあって、江戸初期の領主後藤寿庵の居館があったとされる所を小公園として整備したもの。現在は、寿庵の業績を記念した廟ほか、江戸後期の武家屋敷、吉田家旧宅を移設し公開している。
経塚山のつつじ
経塚山は、その昔、藤原秀衡の納経所だったといわれ、山頂には源義経が馬を乗り回し、蹄の跡をつけたとされる「馬蹄石」があります。 また、山頂から平泉、前沢方面を望む景色はすばらしく、奥羽山脈から胆沢扇状地が広がり、そこに点在する静居集落や田園、ゆったりと蛇行して流れる北上川の姿が眼下に広がります。 群生するつつじの名所で、5月下旬が見頃です。