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観光スポット

「小天地」発行の地

ショウテンチ ハッコウノチ

 石川啄木が、妻の節子と結婚後に3週間暮らした新婚の家(盛岡市中央通3丁目)を離れて、移り住んだのが盛岡市加賀野磧町。ここでの生活は明治38年7月から翌年3月に代用教員として渋民に帰るまでの9ヵ月間続き、啄木の生涯にとっては記念すべき日々でした。文芸誌「小天地」を発行したのもここで、当時の想いは長詩「江畔雑誌」のはしがきに述べられています。

基本情報

連絡先名 (公財)盛岡観光コンベンション協会
所在地 〒020-0807 盛岡市加賀野磧町(中津川富士見橋近く)
電話番号 019-604-3305
FAX番号 019-653-4417
ホームページ http://www.odette.or.jp/launch

アクセス&マップ

ルート1: 盛岡駅 → 【バス15分】 都心循環バスでんでんむし右回り上ノ橋バス停 → 【徒歩2分】 「小天地」発行の地

ルート2: 盛岡IC → 【車20分】 「小天地」発行の地

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ゆかりの人

石川啄木

盛岡市出身の詩人。盛岡尋常中学校(後の盛岡中学校)金田一京助や後の妻である堀合節子らと出会う。『明星』に傾倒し、上級生である野村胡堂・及川古志郎らの影響を受けて文学に目覚め、明治35年中学校を自主退学・上京する。与謝野鉄幹夫妻を訪ねて指導を受け、明治38年『啄木』の名で詩集『あこがれ』を刊行。同年に文芸誌『小天地』を創刊するが、経済的に行き詰まり1号で終刊となる。明治39年渋民村に戻り、母校の渋民尋常小学校の代用教員となるが、翌年北海道行きを決意。辞職を申し出て引き止められるものの、ストライキ騒ぎを指導し免職。ここから函館、札幌、小樽、釧路と漂泊の生活を送る。明治41年に再び上京し『東京毎日新聞』に小説『鳥影』を連載。明治43年には処女歌集『一握の砂』を刊行。生活派歌人として評価されるが、貧困と病のため明治45年、故郷へ戻ることなく永眠した。

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