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黒森神社
黒森山は古くから閉伊地方全域で信仰の対象とされてきた霊山で、平安から鎌倉期には神仏混仰の影響を受けて、人の世の菩薩救済の本願所として栄えていた山です。標高311mの山腹は松・杉・モミの茂る昼なお暗い森でおおわれています。文治4年(1188)4月、平泉高館自害の1年前、義経は影武者の杉目行信を残してひそかに平泉を脱出して、この山で3年3ヶ月にわたり「大般若経」を書写し祈願したとの伝説が残っています。「黒森」は「九郎森」から転じた名と言われてします。
宮古市
沿岸エリア
津軽石川
宮古湾最奥部に注ぐ清流で本州で一番サケが溯上する河川として知られている。昭和48年(1973)に三陸海岸で初めて行なわれたサケのつかみ捕りは、毎年年明けに行なわれ多くのの参加者で賑わう。つかみ捕りだけでなくサケを使った料理が振る舞われるので好評。川の由来は元亀・天正の頃、津軽・黒石の浅瀬石川ではサケがたくさん溯上するので御神石を分けて譲り受けたところ、秋になると川からはみ出るばかりの鮭の大群が来るようになりやがて南部一の鮭川漁場になった。そこで津軽から移した奇石のお蔭と、それまでの丸長川から津軽の石の川という意味で津軽石川と呼ぶようになったといわれている。また、冬は白鳥の飛来地としても知られている。
山田町
長沢川桜づつみ
長沢川の右岸を特定河川環境整備事業により整備した堤防(公園)。2.5ヘクタールの面積にソメイヨシノ219本、オオヤマザクラ35本、八重桜36本、ヤマザクラ4本、合計294本の桜が植えられていて宮古の新しい桜の名所になっている。4月中旬から下旬にはソメイヨシノが満開になる。ほかにもサツキ、ドウダンツツジなども植えられ、春から夏には美しい花が咲く市民の憩いの場になっている。桜堤には平成7年(1995)4月に、南部29代藩主重信公が詠んだ歌碑が建立された。
久昌寺
源氏の一族である源義里がこの田代に居館を構え、平泉を脱出した義経主従が北へ向かう途中に立ち寄ったといわれています。義里の妻源氏御駒により奉納された鰐口があります。
重茂半島 魹ヶ崎
重茂半島は市の東方に突き出た半島。姉吉キャンプ場から徒歩約1時間のところにある魹ヶ崎は、東経142度4分21秒、本州最東端の地である。映画「喜びも悲しみも幾歳月」の舞台となった魹ヶ埼灯台がある。姉吉キャンプ場まで宮古駅から車で約50分。(自動車では魹ヶ崎まで行けません。)
浄土ヶ浜
浄土ヶ浜の地名は約300年前に宮古山常安寺七世の霊鏡和尚が「さながら極楽浄土のごとし」と感嘆したことから名づけられました。平成13年にはかおり風景100選、平成18年には日本の快水浴場百選 海の部特選に選定されています。
蛸ノ浜
浄土ヶ浜の白い岩々とは対照的な暗褐色の礫岩からなる浜。浄土ヶ浜の裏側にありあまり目立たない分穴場的なポイントになっている。海岸の岩には海水に侵食されてできた穴が多数見られる。また海岸線そのものも美しく夏は地元の子供達の海水浴場になり賑わいを見せる。浄土ヶ浜から遊歩道を通って15分ほどの場所に位置している。※2020年海開きの予定はありません。
舘合近隣公園
舘合近隣公園は面積1万2355平方メートルの公園で市街地を見下ろす丘陵にある。眺めの良い場所にあるこの公園では、4月中旬から下旬に約90本のソメイヨシノが満開となる。公園一帯は市民の花見の場所として賑やかな雰囲気に包まれる。
休暇村陸中宮古
崎山の姉ヶ崎にあり、80部屋、300人収容の宿舎とキャンプ場、テニスコートなどのスポーツ施設を設けています。朝早く起きれる人には宿舎周辺のウォーキングがおすすめです。
宮古市魚菜市場
三陸沖から水揚げされた新鮮な魚介類や海産物加工品、地元農家が育てた野菜がずらりと並ぶ市場。多数のお店が軒を連ねるほか、中央広場では農家のお母さんたちが自慢の野菜を販売しています。宮古市民の台所とも言われ、人情にあふれた交流市場です。お土産用に梱包、発送もしてくれます。
宮古市遊覧船「宮古うみねこ丸」
※宮古市の新しい遊覧船「宮古うみねこ丸」が令和4年7月17日(日)に運航開始しました。国指定名勝「浄土ヶ浜」の美しい景観をはじめ、三陸ジオパーク・ジオサイトをガイドと巡る新しい遊覧船です。これまでは「浄土ヶ浜」のみを拠点に運航されていましたが、新たに整備された「出崎ふ頭」も発着所となる予定です。
宮古港海戦記念碑
宮古海戦は、明治維新の最中に宮古港で起こった幕軍と官軍の戦いです。官軍は五稜郭を攻撃するために北上し、その情報を知った幕軍は宮古港で待ち伏せする作戦をとりましたが、官軍の軍艦8隻に対して幕軍は「回天」1隻のみで、激戦の末に敗れました。この「回天」に新撰組の土方歳三、官軍の「春日」に東郷平八郎が乗っていました。臼木山には「宮古湾海戦解説碑」があります。